北海道にも初夏が訪れた。
周囲には真緑色をした緑林が癒しを与えてくれる。
風が吹けば木々の葉が声を出す。

私は春夏秋冬の中で夏が一番好きだ。
汗をかくことが好きだからだ。
汗をかいただけで一日の仕事を一生懸命頑張った。
と誇らしげになれる。
なんとも言えない自己満足だ。

私には妻と小学生の子供が二人いる。
平日は21時より早く家へ帰ることはほとんどない。
その代わり日曜日は家族サービスに専念をしている。
そんな中、明日の日曜日は年に1.2回訪れる突発的な一人の休日だ。
私は一人の時間がとても好きだ。
家族と過ごす時間とは別物で自分にとってはとても貴重な空間なのだ。
そんな土曜日の夜は一日千秋の思いでなかなか寝付けないものだ。
まるで小学生の頃に経験した遠足前夜のようだ。
夜更かしをしてよく親に怒られたものだ。

そんな待ちに待った日曜日だが、世間様はいつもと変わらない日曜日だ。
まだ寝ぼけ眼(まなこ)でウトウトしていた時、仕事用の携帯が鳴った。
休みの日であっても、すぐさま仕事モードへ突入だ。

電話をかけてきたのは40代後半の女性からだった。
会話をしながら時計を見てみると8時ちょうどだ。
身内の人間が孤独死をしてしまい、発見された時には既に2週間ほど経過していたとのことだった。
色々なご相談を受けたが、最終的には警察で身元確認が済んでいない状態だったため、その時の電話では様子見ということになった。
我々業者は、身元確認(DNA鑑定)・事件性の有無が終わるまで部屋には入れない。

夏はやはり孤独死の清掃依頼が多い。
原因は異臭からの発見によるものがほとんどだ。
最近では臭いを嗅いだだけで内臓疾患があったか否かまで判別できるようになってきた。

昨日まで入っていた一軒家の現場がまさに疾患を持っていた方の清掃依頼だった。
ご遺体が発見されるまでに2ヵ月ほど経過していた。
見積もりのため現地へ赴き、車から降りた途端に強烈な異臭が鼻を劈(つんざ)いてきた。
敷地内である駐車スペースの外からでも異常さはすぐに感じ取ることができるほどだ。
なにせ家の周りには内外ともに大量のハエが飛び回っている。

外壁は赤レンガ長でとても立派な家だ。
通常の一軒家と比べると倍くらいはあろうかという大きさだ。
いわゆる、その地区では地主・会社の経営をしていたお金持ちの家だ。

雪国である北海道の一軒家には特徴がある。
それは玄関ドアと外の間に1~2畳程度の空間を設けることが多いということだ。
俗に言う「玄関フード」だ。
理由は至って単純。
冬の雪対策がメインだ。

今回伺ったご自宅のフードスペースは通常の4倍以上はあるであろう空間を設けていた。
縦に5m、横に2mほどはあっただろうか。
全面ガラス張りになっており、まるでサンルームのようだ。
が故に外からでも気付いたことがあった。
窓には蜘蛛の巣が張り巡らされ、床には埃やゴミ、ハエの死骸が無数に散乱している。
横スライド式のフードドアを開け、玄関ドアまで歩みを進める。
たかだか5mほどの距離がとても長く感じた。
足場の無い床をつま先立ちで右へ左へと一歩ずつ歩を進めた。

入室前に玄関で一度合掌をさせていただくのが私たちの流儀だ。
10秒ほどの合掌を済ませ入室する。
やはり家の中も特有のゴミ屋敷状態だ。
玄関も少し広めのスペースとなっており、正面にはリビングへ入るための扉が何故か左右に1m間隔で2枚ある。
そして右側には2階へ上がるための階段がある。
まずは1階正面にある右側の扉を私はゆっくり開けてみた。
足元を見ると目の前には真っ黒な人型の跡が絨毯を覆っていた。
15畳ほどのリビングで亡くなってしまっていたのだ。
奥には和室が見える。
右側には広いキッチンスペースもある。
そして左にはサンルームも設けられていた。
寝室は大量の物で溢れていた。

ありとあらゆる場所でハエが飛んでいる。

次は2階の視察へ。
2階へ上がる階段の床には赤色のカーペットが貼り付けてあった。
ゴージャスな感じが増して見えた。
一段、また一段と右回りの螺旋階段を上がる。
その間、階段床にもハエの死骸が無数に落ちていた。
2階へ上がるとL字の通路状になっており、正面には左右に一部屋ずつ、右横にも奥へ2mくらい進んで一部屋、
どの部屋も物で溢れかえっており満員御礼状態だ。

話は逸れるが、見積もり時はいつも1人で家中を見て回る。
決して霊的な現象に強い方ではない。
いや、むしろ弱い方だ。
だが、不思議なもので仕事中は1人であろうとも不安を感じたことは一度もない。
使命感などという格好良いものではない。
作業をどう進め、どのくらいの工期で計画し、料金はどのくらいかかるのか。
ただ単に仕事と割り切れているだけなのであろう。

しかしながら、この仕事においても職業病はある。
それは臭いだ。
思いも寄らない場面で臭いのフラッシュバックが突発的に出ることもある。
例えばスーパーで買い物をしている最中、飲食店で食事をしている時、外で歩いている時、何かがキッカケで死臭を感じることがある。

今回の現場は今まででトップ3に入る臭いの強度だ。
3分ほど入っただけで服に臭いが染み付くほど強烈だ。

翌日、必要になりそうな道具を持参しスタッフと伴に開始のゴングを鳴らす。
いつも通り防護服、マスク、手袋、ゴーグルの特殊セットを着用する。
一通りの家財を撤去し、血液・体液が染み付いている絨毯の剥がし作業へ取り掛かった。
予想以上に体液量が多く、すぐに手袋は体液でギトギトになった。
絨毯を引っ張ろうにも手からすり抜けてしまう何とも言えない感触でなかなか上手く剥がせない。
ともすれば、7畳ほどの広範囲に渡り床も体液でドロドロになっていた。
手足ともに力を入れられない状況だ。

まるでスケートリンクの真ん中にポツンと立たされているような気分だった。

一枚の絨毯を剥がすのに30分ほど奮闘していただろうか。
剥がし終わった頃には額から滝のように汗が流れていた。

死臭をカバーしていた物も無くなり臭いが更に一段階強くなった。

ご依頼主様は最終的にこのご自宅を解体するご意向だ。
それでも引き渡し時にはマスク無しで入室できる程度にはしておく。
私たちの流儀である合掌を最後にもう一度して作業は終了だ。

私たちの職種は尊い仕事だ。
とよく言われることがある。
私は決してそんな風には思わない。
やるべきことを黙々とやっているだけだ。
逆に金銭面で親族同士が内輪揉めをしている光景をよく拝見する。
家族が嘆き悲しみ、涙を流しながら引き渡しをするケースの方が稀だ。

現実は内輪揉め、賃貸物件であれば原状回復義務による範囲について互いの意見が合致せず、オーナーさんとご依頼者様との仲裁役を担ったりすることも多い。

金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。
内には故人様、外では揉め事。
なんとも言えない空気感を味わうことも多々ある。
色々な部分で雲壌月鼈を考えさせられるのがこの仕事だ。

そしてこのブログを書いている今この瞬間も私の携帯が鳴っている。