このブログは私の気が向いた時だけ書くようにしている。
ありのままに感じたことを書き、一人の人間としての生き様をこのブログを通じて見た人に何かが伝わればそれ以上のものは望んでいない。
そして毎週・毎月となれば義務的にもなってしまうからだ。
例え閲覧回数が0でも1でも自分の道しるべにもなると思って書いている。
だからこのブログを書く趣旨は会社の宣伝などではなく、外の風景を見ながら思ったことを文字にして表現しているだけに過ぎない。
そんなブログではあるが興味を持って見てくれる方がいれば嬉しい気持ちになるものだ。
今回は夏の思い出となった過去の現場体験でも書くことにしようと思う。


この業種あるあるの風物詩とでも言うべきか、夏に防護服を着用しての作業は地獄だ。
以前に「汗をかくことが好き」と書いたが、これは別物だ。
作業前に衣類へ入れていた保冷材は5分と持たずにぬるま湯状態。
ゴーグルの中には汗溜まりができ、滴り落ちる汗は止むことを知らない。
シャツは当然、足の先まで全身がビチャビチャだ。
防護服着用作業

ただし悪い面だけではない。
サウナ後の水風呂に入る感覚とでも言おうか、耐え忍んだ分だけ防護服を脱いだ瞬間に爽やかな風が極上の解放感を与えてくれるのだ。
同時に「生」を感じる束の間でもある。

皆さんは異世界という存在を信じる派か?それとも信じない派か?
小説サイトなどでは異世界ものと言われるジャンルが割と人気を博しているようだ。
ちなみに私は全く信じない派だ。
その一方では天国や地獄は存在していてほしいと思っている自分もいる。
人間という生き物は都合の良い解釈をしたがる何とも身勝手な動物だ。
人それぞれ生き様は違えど辿り着く終点という意味では生を持って産まれたときから同じ方向へ向かっている・・・。
その中でもどのような生き方、死を迎えるかは自分自身で選択をすることができる。
少数ではあるが選びたくても選べない方もいる。
選択肢を持たせてもらえただけでも幸せなのだ。
物事の捉え方一つで幸にも不幸にも感じることができる。
やはり感謝という気持ちを忘れてはいけない。


少し前置きが長くなってしまったが今回は孤独死現場の中でも少し変わった体験についてだ。


陽炎が見える猛暑日、扇風機にあたりながら庭で日向ぼっこをしている高齢者がいる。
夏の風物詩が垣間見える季節だ。
そんな折にKさん(ご依頼者様)と名乗る人から会社へ電話が入った。
兄の孤独死が発見され、早急に見積りと作業をしてほしいとのご希望であった。
早々に準備をして車を走らせた。
車内の時計を見ると20時03分と表示されている。
日が落ちて外も暗くなってきた。
指定された住所へ着くと、そこはホテルだった。
ロビー周辺から見渡しているとフロント付近の長椅子に座っている60代前半の男性が私へ軽く会釈をした。
すぐにKさんだと思い駆け寄った。
一通りの挨拶が終わり「案内をしますので車で付いてきて下さい」ということで一旦外へ出た。
車で走ること10分、Kさんが停まった場所は違うビジネスホテルだった。
急ぎ早に車から降りたKさんはロビーのスタッフさんへと駆け寄っていく。
何度も頭を下げている様子がガラス越しに伺える。
状況は掴めずともその雰囲気を察して私は指示があるまで車内で待つことにした。
そんな光景を目にして5分ほどだろうか。
ホテルから出てきたKさんが静かな口調で「自分に付いてきて下さい」と言い再度ホテルへ入っていった。
急いで車を降り、言われるがままに後ろへ付いていきエレベーターへ乗った。
お互いに沈黙のまま階層表示板を見ているという状況が緊張感を増した。
1階ずつ表示が上がる度に緊張感も増幅していく。
エレベーターはチンッという音と同時に5階で止まった。

ドアが開いた瞬間・・・、
強烈な異臭が通路全体を覆っていた。
薄暗い照明と静まり返っている廊下・・・。
ジー・・・、
ジー・・・、
という機械音と消化栓の赤いライトが不気味さを更に助長させている。

降りてすぐに右へ歩き始めたKさん。
ふと我に返った私。
正直、このエレベーターを降りたくなかった。
一歩足を踏み入れると帰れなくなるような気がしてしまった。
ほんの数分前までは車と歩行者が行き交う道にいた私、今は静まり返った薄暗い廊下で機械音とポツンと光る赤いライトだけが存在している世界。
あまりにも違う世界観に戸惑ってしまったのだろう。
そんな弱腰の気持ちを押し殺して一歩ずつ重い足取りで前へ進んだ。

一部屋・・・二部屋・・・と進む。
Kさんとは一部屋程度の間隔を保ちながら歩き続ける。
普段なら気にも留めないような機械音に意識が集中してしまう。
まるで就寝時に時計の秒針音が耳に入ってきたあのときの感覚に似ている。

薄暗いながらにも目が慣れてきたのか、突き当りの部屋が4部屋目ということが朧気ながらに確認できた。
なんとなく背後が気になり背面のエレベーターを見る。
もちろんエレベーターの扉は閉まっていて明かりはない。
視点を正面に戻した瞬間、4部屋目を通り越したKさんの姿が横の壁へと消えてしまった。
一瞬ゾワッとした感覚は今でも忘れない。

それもそのはず。
L字になった部分があり更に一部屋あったのだ。
・・・ここです。
と言われ立ち止まった場所がまさに一番奥の部屋だった。
気が付けば手には汗をかいていた。

すいません・・・この部屋で亡くなってしまったんです。
5階のフロアは一般のお客様へ案内ができない状況のため照明も最低限しか点灯していないらしく暗くて申し訳ありません・・・。
そう言いながらKさんは部屋の鍵を僅かな光を頼りに探しはじめた。

ドアの奥から放たれる強烈な臭いが5階のフロア全体を充満させている異臭の中枢だと認識させられる。

第一陣となるドアノブに手をかける瞬間だけは今でも緊張する。

幸いにして部屋の電気は今でも普通に使えた。
部屋の中はゴミ屋敷化されていた。
シングルのベッドが一つ、キッチンが一つ、お風呂とトイレ、TVテーブルが一つといった1ルームの作りであった。
ご遺体場所がベッドだとすぐに認識できた。
それにしても不思議だ。
なぜビジネスホテルの一室にキッチンがあるのだろうか。
給排水管は浴室側と連結されており、構造的にも後付けしたように思える作りだ。
そして何よりもゴミ屋敷化=長期間という構造で成り立つ光景が目の前の一室で実際に起きている現象に頭が混乱していた。
その全ての疑問は帰りのエレベーター内に貼ってあった一枚の紙を見て明白となった。
このホテルでは長期出張プランがあり、1ヵ月間から最大3ヵ月間プランまでのサービスがあったのだ。
5階へ上がるときは目に留まらなかったが、今思えば気持ちに余裕がなかったのだろう。
引き渡し時には更に詳細を知れた。
ホテルのオーナーと故人様は知人関係にあり、長期滞在プランではなく一室を数万円の家賃として支払う代わりに専属部屋として口約束のみで半永久的に貸していたのだ。
内装変更から寝具、家具・家電に至るまで故人様の自由にしてよいという条件だったようだ。

しかしながらホテルの支配人は当初、物凄く激怒した状態だった。
まともに取り合ってもらうことすら出来ない程に怒り心頭であったのだ。
オーナーと故人様との口約束が全ての始まりであり、当事者となる方は誰も今回の件については触れてこない。
オーナーからは対処しておいてくれ。の一言。
過去の経緯だけは知っている支配人が現場責任者という立場。
蓋を開ければお部屋が凄惨な状況になっている現状。
売り上げは大打撃を与えられた現実。
部屋の対応から業者選定まで全てお任せ状態。
気持ちが理解できない訳でもない。
私への第一声は「ホテル側は一切の責任を取りません!」「完全に元に戻して下さいね!」「以上!」
の言葉だけを残し事務所へ戻ってしまった。
それでも私は確認事項を聞かない訳にもいかない。

管理者側が怒の感情モードということはよくあるケースだ。
その場合は依頼者様を同席させることはしない。
矛先が依頼者へ向いてしまう傾向にあり、追い詰められた依頼者様は最終的に開き直ることしかできなくなる。
そうなってしまうと全ての物事が円滑に進まなくなってしまう。
結果的には両者にとって良いことが何もない。

日を改め2日後に再度訪問させていただき、確認しておきたい要点をまとめ事前に作成しておいた工程表を持参のうえ話を進めた。
ここがこの仕事の難しいところだ。

よく勘違いされるのは原状回復が大変そうだ。と思われるが、決してそんなことはない。
どんな仕事も楽に稼げるほど世間は甘やかしてはくれない。
孤独死清掃というのは確かに少し特殊なのかもしれないが、それは自分を美化した評価に過ぎない。
特殊=大変ではなく、どの仕事も大変なのだ。
それよりも大切なのは人間力と観察力だ。
お互いの妥協点を探し提案のタイミングを見極めることが重要なのだ。
どんな仕事でも最終的には人間同士の付き合いということだ。
今回は支配人さんへ確認事項を聞くタイミングが一番重要なのである。
平たく言えば機嫌を損ねず、こちら側の主張に対して協力体制をつくってもらうことだ。

元を正せば支配人さんも被害を受けた側なのだ。
結果的には確認事項も想定していたより円滑に進み、色々な愚痴まで聞くことができた。


作業は慎重かつ迅速に進めることが最重要課題であった。
なぜなら搬出するときにはホテルの利用者様に絶対に見られて(悟られて)はいけないからだ。
支配人さんには利用者様の出入りが一番少ない時間帯と曜日、エレベーターを使用しない可能性が高い時間帯、宿泊部屋は極力上層階へ案内をしない、などの事前調整とご協力をしていただき、指定日の定時に合わせて「30分以内」に全ての品物を出し終える段取りで前日から準備を進めることになった。
ご遺体場所の寝具一式はニオイが漏れないように何重にも梱包して搬出する。

搬出当日は更に万が一を考えてエレベーターには人間の嗅覚では無臭に感じる薬剤を用いて頻繁に消臭した。
結果はリミットの30分以内に全搬出を終えることができた。
部屋全体の原状回復も支配人さん確認のうえ、無事に引き渡しを完了することができた。

物事の本質は取り組みよりも段取りで結果が変わる。という言葉がまさに当てはまる例だっただろう。
初日の薄暗かった通路もライトが点灯し、すっかりホテルの客室へ戻った。
私たちの仕事は所謂裏方業務。
これからも誇りとプライドを忘れずに一歩ずつ歩むことにしよう。