使命と向き合う清掃人

近年、高齢社会に伴い増加しつづけている孤独死やゴミ屋敷の現場を生業にしている清掃人のリアル体験ブログ

異臭と蝟集

ドップン・・・、ドップン・・・。
これで何本目だろうか。
鼻を劈(つんざ)くほどの物凄い異臭だ。
部屋中が「その」臭いで充満している。
目もほとんど開けることができない。
長期戦は無理だ。
短期戦で一気にケリをつけるしかない・・・。



見積もりへ伺ったのは一週間ほど前の話だ。
依頼内容は
孤独死をしてしまった父(部屋)の片付けを頼みたい。
長年に渡り荒れ果てた生活をしていたと思うのでゴミ屋敷化しているはず。
そう電話口から話してくれたのは娘さんだ。

場所は大きな国道に面した2建てのアパート。
駐車場は広く、雪国特有である除雪スペースの心配はない。

1台の車が入居者専用駐車場ではなく入り口付近に停まっていた。
エンジンがかかっており、窓ガラスはスモークになっている。
そこから一人の女性が降りてきた。
軽く会釈をしてこちらへ歩いてくる。
そう、娘さんだ。
「今日はご足労を掛けてしまい、すいません・・・」
「何卒、宜しくお願いします」
丁寧な口調に反して表情はそう言っていなかった。
私の勝手な推測にしか過ぎないが、おそらくは故人様と疎遠だったのだろう。
そして長年疎遠だった父が孤独死をしてしまい、突然のこととはいえ、それらに要する費用と時間を自分が負担しなければいけない。
何ともやりきれない感情や周囲への気遣い、色々な心境が入り混じり葛藤しながら立ち振る舞うということは想像以上に大変だろう。
その他の部分でも頭を下げたり、各所への届け出に時間も要する。
精魂尽き果てるとはまさにこういうことである。

挨拶も早々に鍵を預かり、見積もりのため駐車場から部屋へ向かう。
玄関を開けると待ち構えていたのは新聞紙だ。
雪崩が起きそうなほどの山になっていた。
一瞬焦り、急いで玄関ドアを閉めてしまった。
事前の「気持ちづくり」が足りなかったのだろう。
ゆっくりと玄関ドアを開け、山が崩れないように細心の注意を払いながら足場をつくり部屋へ入った。
部屋の中はというと、高さは優に1mを超えるゴミでいっぱいだ。
かがまないと天井に頭をぶつけてしまう。
紙類、お酒の空ボトル、ビール缶、カップ麺の空容器が無数に転がり、歩くたびに膝上くらいまで足が埋まる。
まるで底なし沼のようだ。
無数のゴミ
そして「赤色の何か」が入った数十本ものペットボトルが無造作に落ちている。
洗濯機は完全に埋もれてしまっている。
炊飯器は埃と汚れで真っ黒くなっている。
とても使える状態ではない。
当然だがお風呂、トイレも入れるような状態ではない。
家電系統は全てコンセントに刺さったままだ。
ブレーカーも上がっている。
よく火事にならなかったものだ。

部屋は1階、角部屋で1DKだ。
故人様の亡くなられた場所がわからない。
湿度が高く紙類や食べ物が腐敗し全体的に黒くなっているからだ。
それでも人の腐敗臭は部屋中に充満している。

まずは入り口付近と部屋の奥から取り掛かる。
こうした現場には特徴がある。
ゴミの山にも層があるということだ。
私たちは全部で3層に分けている。
一番上のステージは比較的軽く、ペットボトルや空き缶、紙類が多い。
作業ペースも比較的早く進めていけるステージだ。

次のステージは衣類や毛布類だ。
このステージが一番労力を使う。
なぜなら、衣類は水分やゴミが付着して重くなっている傾向にある。
水分?と思う方もいるかもしれないが、空き缶や空き瓶などの容器は必ずしも呑みきった物だけではない。
蓋は勿論空いている状態だ。
中途半端に入っている割合は2~3割程度あるだろう。
それに加え、埋まっている洋服・毛布の一部が出てきても引っ張り出すことは難しい。
どちらかと言えば化石のように全体像を出して掘りだすイメージに近いだろう。

山頂を越えて最後のステージは生ごみ系や湿った紙類、やきとりなどの串、ライター、意外に思うかもしれないが小銭も多い。
この小銭にも一苦労する。
小銭の大半は床やゴミに付着してしまっていることが多い。
何百枚、何千枚あろうが一つ一つ手で取っては集めての繰り返し作業を行うしかない。

今日はこの3層構造の山を片付けるのに丸1日を要した。
床は全面真っ黒だ。
砂なのか、ご遺体の一部なのか、ゴミの腐敗物なのかはわかる余地がない。

そして「赤色の何かが」入ったペットボトルの処理へ取り掛かる。
ここが最終局面だ。
ある程度の現場数を経験した者であれば、開けるまでもなく中身は「人尿」だとすぐにわかる。
尿は酸化し、いずれ赤色へ変わる特徴を持っているからだ。
学生の折、理科や科学の授業で酸性、アルカリ性、中性を必死に学んでいた頃を思い出す。
勉学が苦手な私には比較的受け入れやすい科目だった。

ペットボトルの蓋を開けた瞬間に異様なまでの異臭が一気に部屋中へ蔓延した。
とてつもなく強力な臭いだ。
持病からなのか、放置されていた部屋の環境が影響しているのかは不明だが、今までで断トツに臭気レベルが高い。
あまりの強さに一瞬目の前が真っ白になった。
脳が一時的に停止したのであろう。
防毒マスクを着用しても何の気休めにもならない。
ありがたいことにペットボトルは4リットル容器に満杯だ。

ペットボトルの中身を捨てる時にはちょっとしたコツがある。
頭を下にして重力で流しても時間がかかり、空気が入った分だけ勢い良く押し出され液体が跳ねてしまう。
だから私は頭を下にして円を描くようにペットボトルを回している。
そうすると中身が回転し、中心部に空洞が出来き外側に沿って液体が流れる。
スピードもその方が早く、飛び散りも少ない。
残り半分くらいになった時点で、後は横に寝かせて置くだけで8割は勝手に流れてくれる。
その間に次の1本へ取り掛かれる。

何とか踏ん張り1本を空にするも、床にはまだ数十本も転がっている。

人間の感覚ほど信用できないものはない。
好きな人と一緒にいる時間、趣味をしている時間は1時間が5分に感じ、苦難な時には5分が1時間に感じる。
不思議なものだ。

2本、3本と開けていくうちに目が痛くなってきた。
少し悪さを覚えた年頃、髪を染めるのにブリーチを使用した時のあの感覚に似ている。
それでもやるしかない。
こうした類(たぐい)の作業は一気に完工する方が楽だ。
10の苦しさで短時間の間に終わらせるか、7の苦しさで長々と勝負するか。
どちらにしても苦しいのならば私は前者派だ。

涙目になりながらも次々とペットボトルを空にしていく。
終わった後に少し休憩のため外へ退避する。
その時、自分の作業着にも臭いが付着していることを実感する。
臭いが強い場所だと分かりにくいが、外ではハッキリと分かる。



現場は娘さんへ「ここまでしてもらえれば十分です」ということで無事に引き渡しを終えた。
私たちは特掃(特殊清掃)業者ではあるが、人よりも少しだけ現場慣れをしているということ以外は他の人と何ら変わりない。
五感も通常だ。
いや、逆に仕事上少し敏感かもしれない。
明日は汚物現場と向き合う時間だ。

頼ってきてくれる人がいる限り、私はこの仕事を使命と思い続けていきたい。
決して人よりも優れる必要はない。
自分には何ができるのか?を模索する方が大切だと思っている。
そうして辿り着いたものには「価値」が生まれる。
人から感謝をされなくても感謝する事を忘れてはいけない。
そうした想いで明日の汚物とも向き合おう。

雲壌月鼈(うんじょうげつべつ)

北海道にも初夏が訪れた。
周囲には真緑色をした緑林が癒しを与えてくれる。
風が吹けば木々の葉が声を出す。

私は春夏秋冬の中で夏が一番好きだ。
汗をかくことが好きだからだ。
汗をかいただけで一日の仕事を一生懸命頑張った。
と誇らしげになれる。
なんとも言えない自己満足だ。

私には妻と小学生の子供が二人いる。
平日は21時より早く家へ帰ることはほとんどない。
その代わり日曜日は家族サービスに専念をしている。
そんな中、明日の日曜日は年に1.2回訪れる突発的な一人の休日だ。
私は一人の時間がとても好きだ。
家族と過ごす時間とは別物で自分にとってはとても貴重な空間なのだ。
そんな土曜日の夜は一日千秋の思いでなかなか寝付けないものだ。
まるで小学生の頃に経験した遠足前夜のようだ。
夜更かしをしてよく親に怒られたものだ。

そんな待ちに待った日曜日だが、世間様はいつもと変わらない日曜日だ。
まだ寝ぼけ眼(まなこ)でウトウトしていた時、仕事用の携帯が鳴った。
休みの日であっても、すぐさま仕事モードへ突入だ。

電話をかけてきたのは40代後半の女性からだった。
会話をしながら時計を見てみると8時ちょうどだ。
身内の人間が孤独死をしてしまい、発見された時には既に2週間ほど経過していたとのことだった。
色々なご相談を受けたが、最終的には警察で身元確認が済んでいない状態だったため、その時の電話では様子見ということになった。
我々業者は、身元確認(DNA鑑定)・事件性の有無が終わるまで部屋には入れない。

夏はやはり孤独死の清掃依頼が多い。
原因は異臭からの発見によるものがほとんどだ。
最近では臭いを嗅いだだけで内臓疾患があったか否かまで判別できるようになってきた。

昨日まで入っていた一軒家の現場がまさに疾患を持っていた方の清掃依頼だった。
ご遺体が発見されるまでに2ヵ月ほど経過していた。
見積もりのため現地へ赴き、車から降りた途端に強烈な異臭が鼻を劈(つんざ)いてきた。
敷地内である駐車スペースの外からでも異常さはすぐに感じ取ることができるほどだ。
なにせ家の周りには内外ともに大量のハエが飛び回っている。

外壁は赤レンガ長でとても立派な家だ。
通常の一軒家と比べると倍くらいはあろうかという大きさだ。
いわゆる、その地区では地主・会社の経営をしていたお金持ちの家だ。

雪国である北海道の一軒家には特徴がある。
それは玄関ドアと外の間に1~2畳程度の空間を設けることが多いということだ。
俗に言う「玄関フード」だ。
理由は至って単純。
冬の雪対策がメインだ。

今回伺ったご自宅のフードスペースは通常の4倍以上はあるであろう空間を設けていた。
縦に5m、横に2mほどはあっただろうか。
全面ガラス張りになっており、まるでサンルームのようだ。
が故に外からでも気付いたことがあった。
窓には蜘蛛の巣が張り巡らされ、床には埃やゴミ、ハエの死骸が無数に散乱している。
横スライド式のフードドアを開け、玄関ドアまで歩みを進める。
たかだか5mほどの距離がとても長く感じた。
足場の無い床をつま先立ちで右へ左へと一歩ずつ歩を進めた。

入室前に玄関で一度合掌をさせていただくのが私たちの流儀だ。
10秒ほどの合掌を済ませ入室する。
やはり家の中も特有のゴミ屋敷状態だ。
玄関も少し広めのスペースとなっており、正面にはリビングへ入るための扉が何故か左右に1m間隔で2枚ある。
そして右側には2階へ上がるための階段がある。
まずは1階正面にある右側の扉を私はゆっくり開けてみた。
足元を見ると目の前には真っ黒な人型の跡が絨毯を覆っていた。
15畳ほどのリビングで亡くなってしまっていたのだ。
奥には和室が見える。
右側には広いキッチンスペースもある。
そして左にはサンルームも設けられていた。
寝室は大量の物で溢れていた。

ありとあらゆる場所でハエが飛んでいる。

次は2階の視察へ。
2階へ上がる階段の床には赤色のカーペットが貼り付けてあった。
ゴージャスな感じが増して見えた。
一段、また一段と右回りの螺旋階段を上がる。
その間、階段床にもハエの死骸が無数に落ちていた。
2階へ上がるとL字の通路状になっており、正面には左右に一部屋ずつ、右横にも奥へ2mくらい進んで一部屋、
どの部屋も物で溢れかえっており満員御礼状態だ。
満員御礼

話は逸れるが、見積もり時はいつも1人で家中を見て回る。
決して霊的な現象に強い方ではない。
いや、むしろ弱い方だ。
だが、不思議なもので仕事中は1人であろうとも不安を感じたことは一度もない。
使命感などという格好良いものではない。
作業をどう進め、どのくらいの工期で計画し、料金はどのくらいかかるのか。
ただ単に仕事と割り切れているだけなのであろう。

しかしながら、この仕事においても職業病はある。
それは臭いだ。
思いも寄らない場面で臭いのフラッシュバックが突発的に出ることもある。
例えばスーパーで買い物をしている最中、飲食店で食事をしている時、外で歩いている時、何かがキッカケで死臭を感じることがある。

今回の現場は今まででトップ3に入る臭いの強度だ。
3分ほど入っただけで服に臭いが染み付くほど強烈だ。

翌日、必要になりそうな道具を持参しスタッフと伴に開始のゴングを鳴らす。
いつも通り防護服、マスク、手袋、ゴーグルの特殊セットを着用する。
一通りの家財を撤去し、血液・体液が染み付いている絨毯の剥がし作業へ取り掛かった。
予想以上に体液量が多く、すぐに手袋は体液でギトギトになった。
絨毯を引っ張ろうにも手からすり抜けてしまう何とも言えない感触でなかなか上手く剥がせない。
ともすれば、7畳ほどの広範囲に渡り床も体液でドロドロになっていた。
手足ともに力を入れられない状況だ。

まるでスケートリンクの真ん中にポツンと立たされているような気分だった。

一枚の絨毯を剥がすのに30分ほど奮闘していただろうか。
剥がし終わった頃には額から滝のように汗が流れていた。

死臭をカバーしていた物も無くなり臭いが更に一段階強くなった。

ご依頼主様は最終的にこのご自宅を解体するご意向だ。
それでも引き渡し時にはマスク無しで入室できる程度にはしておく。
私たちの流儀である合掌を最後にもう一度して作業は終了だ。

私たちの職種は尊い仕事だ。
とよく言われることがある。
私は決してそんな風には思わない。
やるべきことを黙々とやっているだけだ。
逆に金銭面で親族同士が内輪揉めをしている光景をよく拝見する。
家族が嘆き悲しみ、涙を流しながら引き渡しをするケースの方が稀だ。

現実は内輪揉め、賃貸物件であれば原状回復義務による範囲について互いの意見が合致せず、オーナーさんとご依頼者様との仲裁役を担ったりすることも多い。

金の切れ目が縁の切れ目とはよく言ったものだ。
内には故人様、外では揉め事。
なんとも言えない空気感を味わうことも多々ある。
色々な部分で雲壌月鼈を考えさせられるのがこの仕事だ。

そしてこのブログを書いている今この瞬間も私の携帯が鳴っている。

二つの世界

5月も中旬に差し掛かり、北海道もようやく陽気な風を感じられる季節になった。
プルルル・・・プルルル・・・、のどかな雰囲気を堪能する間もなく今日も私の携帯に一本の着信が鳴った。
声を聞いた限り電話をかけてきたのは50代半ばの女性からだった。
ここではAさんとしておこう。
少し聞きたいことがあるのですが宜しいでしょうか?
虹の架け橋さんで清掃をしていると聞いて電話をさせていただいたのですが・・・。
できるだけ落ち着いて話そうという雰囲気をAさんから感じた。
と同時に危機感のようなものも感じ取れる。
私もこの世界の電話は幾度となく対応をしてきている。
言葉の一文、声のトーン、ファーストインプレッションで大体の予想はついた。
清掃業務も行っていますが、どのような内容でしょうか?ともう少し詳細な部分を私は尋ねた。
時間にして5秒ほどか。いや10秒ほどはあっただろうか。
するとAさんは電話越しからでもわかるくらい言いづらそうな雰囲気で話し始めた。
実は・・・、自分の弟が数週間前に部屋で亡くなっていたんです・・・。
私も最初は部屋へ入ろうとしたのですが、そういうのは苦手で入れなかったんです。
とてもじゃないけど異臭のする部屋の片付けや清掃を自分でやる勇気と気力はなく、誰に・何をどうやって頼んでいいのかもわからず頭の中はパンク寸前でした。
一通り葬儀が終わり、自分の様子を見ていた葬儀場のスタッフさんが心配されたのか「何かお困りごとでもありましたか?」と声を掛けてきて下さり、事情をご説明すると支配人さんから御社名のお話をされ電話した次第なんです。
Aさんのお話しを聞き言葉の節々で感じたのは、おそらく女性ながらに第一線で働かれている人なのだと私は感じた。
どうなんでしょうか。すごく頼みにくいことなんですが、そういったお部屋のクリーニングとかもお願いできるものなんでしょうか?
もうどうしたらいいのかもわからなくて、藁にもすがる思いなんです。
私は「大丈夫ですよ」「勿論対応していますし、何にも心配いりませんよ」と答えた。
まずは少しでも休めるようにAさんは考えて下さい。
これからまだまだ手続きなどでやることは沢山出てくると思います。
その時に疲労困憊では適切な判断が出来なくなります。
ですので、弟さんのお部屋のことは私に任せて下さい。
そう伝え見積もりへ伺う日にちと時間を決め電話は終了した。

ある程度予想される道具や薬剤などを準備し現場となる待ち合わせ場所へ向かった。
私は約束の時間より15分くらい前に到着したが、そこには既にAさんらしき女性が駐車場の外で待っていた。
挨拶も早々にAさんは
こんなお願いで本当にすいません。どうか宜しくお願い致します。
頼れるのは虹の架け橋さんしかいないんです。と言いながら頭を深々と下げられた。
現場となる建物は青色と紺色の2色で彩られている二階建てのアパートだった。
パッと見、築30年ほどは経っているであろう。
部屋は全部で8部屋。
屋内共用部はなく全室道路向きになっており外との隔たりは玄関ドア一枚である。
弟さんの号室は203号室だ。
折り返し階段を上り部屋の前へ立つと既に腐敗臭がする。
そして窓には無数のハエが蠢(うごめ)いている。
誰が見ても一目で異常だとわかる。
まさにドアの向こうは非日常だ。

合掌を済ませ、専用マスクとシューズカバーを着用し玄関ドアは私が通れる最小限のスペース分だけ開き速やかに入室した。
その間、Aさんは不安げな表情をされたまま外で待機されている。

入室すると耳元にはブーン、ブーンと羽ばたく音が鳴り響いている。
床全面にハエの死骸が散乱しており踏まずに歩く事はできない。
ハエ

間取りは1DK。
よくある単身向けの部屋だ。
入ってすぐに弟さんの亡くなった場所がわかった。
床にくっきりと人の形をした黒い跡が残っており、頭部の辺りには髪の毛もそのまま残っている。
周囲にはウジ虫も湧いている。
私はそんなことも気にせず淡々と確認事項を要所々々で手帳へ書き記していく。

見積もりはその場で出すのが原則だ。
退室して5分後、見積書と作業内容をAさんに伝えた。
料金、内容、全てに同意ができればAさんと契約を結ぶ形となる。
契約はその場で成立した。

契約後、安堵からなのかAさんはこんなことをつぶやきはじめた。
この度は本当にありがとう御座いました。
今回の一件があってから何一つ良いことがなかった。
お部屋がこんなことになってしまい弁償はしないといけないし、弟と仲良くしてもらっていた隣人さんにはあからさまな態度を取られ、大家さんにも怒られ、挙句の果てには主人もそんな状況に嫌気が差してきたのか、段々と不機嫌になってしまう始末。
自分だって感情の整理がついてないのに、沢山の人に何を言われても謝らないといけない。
本当に何一つ良いことがなかった。
ですが、そんな中で1つだけ良いことがありました。
このボールペンです。
このボールペンに救われた気がします。
Aさんは涙を流しながら笑顔でそう言ってくれた。
私の会社では契約時に書類へ署名していただく際、社名入りのボールペンを渡している。
色は全部で7色あり、気に入った色を選んでいただき差し上げている。
Aさんは2色で迷われていたが、最終的にはオーソドックスな黒を手に取った。

作業は翌日より開始した。
防護服、コーグル、防毒マスク、厚手の手袋、シューズカバー、1つ1つ着用しながら頭の中で何度も作業のシュミレーションを繰り返す。
入室して真っ先にやることは各部屋のカーテンを全て閉めることからだ。
これは周囲への配慮と亡くなられた弟さんへの配慮だ。
次は無数に飛び回っているハエ軍団の退治だ。
窓を決して開けてはならない。
何故なら、遺体を餌にしていたハエが逃げてしまうからだ。
万が一、弟さんが感染症を持っていた場合、部屋の中で飛び回っていたハエ一匹一匹が菌をバラまいてしまうからだ。
更にニオイも周囲へ拡散してしまう。

それが終れば本格的な作業スタートとなる。
まずは部屋全体の除菌作業から始める。
飛び回っていたハエが至る所で糞をしているからだ。
次にご遺体があった場所の清掃作業へ取り掛かる。
血液と体液が入り混じり全体が焦げ茶色になっている。
ヘラと薬剤を使いながら削り取っていき、ウジ虫も同時に除去をしていく。
やっていることは地道な作業だ。
だが、真夏ともなれば防護服を着ての作業は2~3時間が限界である。

私は現場で作業をしていると、ふとたまに不思議な感覚になることがある。
それは外から漏れ聞こえる人の声だ。
「最初はグー!じゃんけんポン!〇〇が鬼~!」
隣の敷地には公園があり、子供たちが楽しそうに遊んでいる声が聞こえてくる。
私が立っているこの場所は非日常。
玄関ドアを見ると、この扉の外は日常の世界なんだと。
一枚のドアを隔てて内と外で全く別の二つの世界がある。
なんとも不思議な感覚を覚えさせてくれる。
私は経験したこともないし想像にしか過ぎないが、刑務所の面会所もガラス一枚を挟んで二つの世界があり類似した感覚になるであろうと勝手に思っている。

孤独死の現場に長時間没頭してしまうと、現実世界に戻れないような感覚に時々陥ることがある。
例えば「歩く」という当たり前の行動、いや、むしろ無意識に行う行為一つをとって見ても地に足が付いてないという表現がまさに当てはまるだろう。
普段の何気ないことでも、まるで宙に浮いているような状態になる。
私はお風呂に入ると戻る傾向にある。
だから私は現場が遠方の場合は帰りの道中に必ず温泉へ立ち寄ることにしている。

私は運よく霊感もなければ精神的な影響もない性質(タチ)だ。
人と比べると、この仕事に向いている方であるという感覚的なものもある。
そんな私でも、この仕事において一番重要なのは心のマインドコントロールだと考えている。
作業中は「無」に近い状態で黙々と作業をしている。
それでも作業後の宙に浮いたような感覚だけは毎回ある。

滴る汗がゴーグルに溜まりながらも作業は無事に終わった。

後日ご精算のためAさんの元へ足を運んだ。
指定場所は勤務先の駐車場だった。
時間はお昼休憩の正午。
まずは精算を早々に済ませ、その後20分ほど話をした。

今回、色々なことがあり本当に大変で辛かった。
誰にも頼ることが出来ず、相談も出来なかった。
本当に絶望的な状況でした。
二度と同じ思いはしたくないと思いました。

心の底から「辛かった」ということが痛いほどに伝わってきた。

作業時とは真逆で引き渡し後の会話は思う存分に依頼者様へ「感情移入」を私はする。
一方でどこか冷静な私もいて、見積時の会話を鮮明に思い出していた。
会話は全部覚えている。
一言一句間違えずに復唱できるであろう。
そのくらいの自信があった。

私はAさんの「一つだけ良いことがありました。このボールペンです」と言った一言がずっと頭から離れなかった。

Aさんの色々な思いを聞いているうちに、職場へ戻る時間もそろそろ迫ってきていた。

今回、Aさんは本当に大変な思いをされたと思っております。
同じ境遇者がいないということ。
相談者がいないということ。
想像に難くありません。
時間もそろそろだとは思いますが、一つだけ宜しいでしょうか。
私ができることは作業を誠心誠意実施させていただくこと。
それとこのボールペン。
見積時におっしゃっていただいた「一つだけ良いことがあった」ということを「二つに」に変えることくらいです。
色を選ばれた時にワインレッドと黒で迷われ、最終的に黒を選ばれましたよね。
私はもう一つのワインレッドをそっと差し上げた。

見積りの時に言った言葉を覚えていてくれたなんて・・・。
Aさんの両頬にはポロポロと流れる涙が滴り落ちていた。
もう言葉は何もない。
私はそっとハンカチを渡し、何かあればいつでも相談して下さい。
と伝えた。
深くお辞儀をして背を向け歩いていくAさん。
姿が見えなくなるまで見送る私。
Aさんの背中が少し寂しくも見えた。
それは数日間が数年にも感じるほど大変な時間を過ごしたこと。
そして当たり前にいた「弟」の存在に区切り(別れ)をつけた(した)瞬間だったのであろう。
私は勝手にそう捉えている。


プルルル・・・プルルル・・・、今日も携帯が鳴っている。


そう。
私たちの仕事は二つの世界を行き来することだ。
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